プロスペクトの気持ちが分からないセースルマン
<若かりし頃の私の失敗>
私自身が新人の営業マンだったころ、上司から学んだある教訓は、いまだに役に立っています。
当時、私は自分の整理整頓好き、几帳面さに誇りを持っていました。自分の家や事務机の上や車の中の物が、もともと置いてある場所から離れると、それらがもとの定位置に戻るまで、気分が落ち着かないような性格でした。
実はこの几帳面な性格のせいで、もう少しで営業マンとしての最初の職を失うところだったのです。そのころ私はJ.C.Pennyのナイアガラ店で、少しばかりの基本給と歩合給をもらっていました。紳士服売り場で、スーツその他の服、下着、普段着や靴まで置いてあり、紳士物のアパレルを一通り扱っていました。
私は売り場をいつも小ぎれいにしていました。客が店から出たのに、彼が見たスーツをカウンターに置きっぱなしにするなど、ありえませんでした。下着、シャツ、靴下などを置く棚は常に整頓し、靴箱に入っている靴は、先端が一直線になるように、ラックのフロント部分に揃えて並べていました。
なぜか、私の売り上げは低迷していました。100ドルの売り上げに対して1ドルのコミッションで働いていた自分にとって、売り上げを伸ばすことは急務でした。物価が安かった当時でも、上等なスーツが40ドル、普段着が5ドルかかった時代でした。
ある日、上司である店長は店長補佐に、私のことは嫌いではないが、成績が悪すぎるので、このままだと引導を渡さねばならないとの宣告をしました。客足は悪くないのに売り場の品物は出て行かなかったのです。
話し合いが行われ、店長補佐のオリバーは私の売り上げアップのために3日間待って欲しいこと、そして、結果次第で自分自身で解雇すると伝えました。
自分はというと、この仕事で嫌いなところがあるとすれば、午後に売り場に出ると品物が散らかっていることくらいでした。
私は学校が終わった後、午後からに売り場に出勤し、オリバーと交替していましたが、最初の1時間はスーツなどの商品をもとの位置に戻すという作業にあてていました。
ある日、私がいつものように片付けようとしているとオリバーがやってきて、「それをそのままにしておいてくれ。ちょっと話したいことがある。」と言ってきました。
我々は靴売り場に入って、そこの椅子に座りました。私は来る時が来たなと思いました。どうすれば売れるかをあれこれ懸命に考えましたが、どうしても売り上げが上がってなかったのですから。もう一つ分かっていたことは、オリバーと私が交替する前の午前中の売り上げは悪くなかったので、午後からの売り上げ不振の原因は明らかに私にありました。しかも私の受け持つ時間帯には、客足が最も多く、売り上げを上げなければならない夕方からの時間も含まれていました。
「なあお前、今度お客がやってきて、ラックからスーツと取り出したり、シャツの山を崩して散らかしたりしたときに、その客の顔を思いっきりひっぱたいてみろよ。」
私は驚いて物も言えなくなりました。彼は冗談を言うようなタイプではなく、常にまじめで何事にも事務的な態度をとる人間でした。
「言っていることがよく分かりません。冗談…」
「冗談で言っているんじゃないよ。お前は売り場の整理整頓ばかり時間を使っているね。でも、お金を払ってものを買うためにやって来て、売り場を散らかす人たちは、じゃまものか。」
「まだ意味が分かりません。」
「お客様は欲しいものを買うためのたすけ、買うことへの誘いを求めていらっしゃっている。金魚の糞に追い回されて、品物を見たとたんに、片づけてられてしまうような目にあうために来られているのではないのさ。」
「見てもらいたいものがある。」と言って、彼は私を普段着売り場に連れて行き、買い物客がするように見て回りながら、自分のサイズを探すかのようにシャツを積み重ねの中から取り出したり、つなぎ服をいくつか並べてみたりして見せました。
私は彼について歩きながら、片づけたい衝動に駆られていました。
次に私はきれいに整頓された状態のカウンターのところに連れて行かれました。そこで目に入るものといえば伝票類や帳簿くらいでした。
「クロージングの段階でこんなに完全にきちんと整頓されている場所に連れて来られるとプロスペクトはショックを起こすのさ。彼をつけまわして、品物を取り出すたびに、もとにもどしたりすると客にとってはショックなんだよ。客の顔を思いっきりひっぱたいてから売り込むほうが、まだましだってことだよ。」
「俺が保険のセールスをやっていた頃、自分の机の上に資料や契約書類、保険証券なんかを置きっぱなしにしておいて、客が好きな時に見たり触ったりできるようにしておくと良いことに気が付いた。話が煮詰まってきて、きっぱりとした態度と言葉が必要な段階で、客の視界には自分の顔だけがあり、客が恐れる紙(サインをしなければならない)や作成積みの資料を唐突に突きつけると、買いたいという気持ちに水をさしてしまうんだ。そんなふうに客をビビらせてしまうと、それまでの苦労は水の泡になっちまうのさ。」
「プロスペクトが何かを見ているときは、好きなだけ眺めてもらえ。客の視界から何もかも取り去ってから、それが何かを言葉で説明しても、その言葉は信じてもらえないんだ。客自身がその良さを発見しなきゃいけないのさ。」
「彼が売り場で靴や普段着を見て回っているときは、どんどん見てもらい商品の良さを感じてもらうように誘導するべきだ。彼が見ているときに、お前がやらなければならないことは、気に入ってくれそうな商品の特徴を見せるよう努力しろ。買い物が正しかったと納得できるような特徴だよ。」
次の日からの私の午後の売り上げは、オリバーが一日で売り上げる量を上回るようになりました。しかも、自分の所属する部の週の売り上げが店全体でトップになることも頻繁になりました。
売り場は、ごった返していました。みんなにがその空間を自分のものとして使われている雰囲気があり、品物を片づけてまわる店員につきまとわれることなく、お客様は自分の欲しいもの、必要とするものをじっくり探すことができました。
<整然さが不利になるもう一つの例>
フレッド・シャヒドは、私が一緒に仕事をした営業マンのなかでもトップクラスの人間でしたが、その彼も似たようなことを言っていました。クロージングのためにプロスペクトと対面している状況で、契約書や注文書のフォームを何ものっていない整然とした机の上にドカッと置いた瞬間に、目の前にいたプロスペクトが冷や汗をかき始めたのを実際に見たことがあると言っていました。
別の有能な同僚は、あらかじめ何枚かの注文フォーム、契約書などといっしょに製品カタログなどを混ぜて置いておくと言っていました。
クロージングできそうな状況になった時点で机の上をまさぐって、「注文のフォームはこの辺にあったかなあ...」というような持ち込みかたをして、うまくいったことが何度もあったのです。
最後の瞬間に相手を恐れさせないということです。
<マイクから一言>
上の例で客が冷や汗をかき始めた理由は、単に机の上が整頓されてあったからだけではありません。1-6で説明した相手のリアリティー(現実感や実感)の中に、そろそろ契約書類を営業マンが持ち出してくるというリアリティーが全くない状態であったことが、もう一つの原因です。上の例は非常に参考になる例で、一度は試して欲しいと思います。ただし、いくら机の上を契約書以外のパンフレットなどで雑然させておいても、相手に「正式な契約書類が出てきそうだ」というリアリティーが全くない場合、突然、机の上から契約書類を取り出して見せるとプロスペクトは驚くに違いありません。そうならないためには、その人に何が起きるのか、事前にリアリティーを与えておく(専門用語で、実感因子を与える)必要があります。事前に実感因子を与える例としては、面談前に「念の為に印鑑をお持ちいただけますか。」、「契約書締結の前に、私どもが説明責任を果たしているかどうかのチェックシートがありますので、印鑑をお持ちいただけますか。その時に契約書もご覧いただきます。」「月末までに、ご契約いただければありがたいです。」など間接的にそろそろ契約締結が求められていることを言葉で実感させておくという方法もありますし、面談前に「次回は契約書類をお持ちいたします。」とシンプルに言っておくという自然で一般的なスタイルもあります。
人々のリアリティーは、それぞれの国の文化や風習によっても違います。日本人は米国人と比べて店舗内や机の上が雑然としていることに対して違和感を覚えるかもしれません。しかし、上の事例で説明されていることの本質を理解いただき、ぜひ営業に役立ててください。


